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近畿地方

長命寺

(ちょうめいじ)

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長命寺は西国三十一番札所の霊場で、その歴史は古く人皇十二代景行(けいこう)天皇二十年長寿の大臣武内宿彌(たけのうちすくね)当山に登り「寿命長遠諸願成就」の文字を柳の巨木に記し、長寿を祈り三百歳以上も長寿を保ち、六代の天皇に仕えられたのであります。
その後聖徳太子が諸国歴訪の折り、此の山に来臨され、柳の巨木に「寿命長遠諸願成就(じゅみょうちょうおんしょがんじょうじゅ)」の文字と観世音菩薩の御影を拝され感歎されていると、忽ち巌の影より白髪の老翁現われ、「此の霊木で千手十一面聖観音三尊一体の聖像を刻み、伽藍を建立すれば武内大臣も大いに喜び、諸国万人等しく崇拝する寺となるであろう」と告げ失せられました。早速、太子は尊像を刻まれ伽藍を建立、武内宿彌長寿霊験の因縁をもって「長命寺」と名付け給うたのであります。
人間一度に世に生れ来れば老若男女をとわず、諸願のないものがありましょうか。又長寿を欲しないものがありましょうか。然るに当寺の御本尊観世音菩薩は、「寿命長遠諸願成就」の御誓でありますから、参詣信心して無病息災で健康長寿で各自の職務に精励したいものであります。
合掌

Fuji基本情報

名称

長命寺

読み方

ちょうめいじ

通称

(未記入)

参拝時間

8:00〜17:00

参拝にかかる時間

(未記入)

参拝料金

無料

トイレの有無

(未記入)

電話番号

0748330031

ホームページ

(未記入)

SNS

(未記入)

御祭神・御本尊

千手十一面聖観世音菩薩三尊一体

封建時代

(未記入)

創始者

(未記入)

建物

本堂(重要文化財)
寺の文書から室町時代・大永4年(1524年)の再建と判明する。入母屋造、檜皮葺き。桁行7間・梁間6間の和様仏堂である(ここでいう「間」は長さの単位ではなく、柱間の数を意味する)。手前の奥行3間分を外陣、後方の奥行3間分を内陣及び後陣とする。内陣須弥壇中央には秘仏本尊を安置する厨子を置き、厨子外の向かって左に毘沙門天立像(重要文化財)、右に不動明王立像が立つ。厨子も堂と同時代の造営で、重要文化財の附(つけたり)指定となっている。渡廊下で三仏堂と繋がっている。

三重塔(重要文化財)
高欄擬宝珠銘から慶長2年(1597年)の再建と判明する。こけら葺きで全面丹塗(にぬり)とする。和様の一般的な三重塔であるが、初重の両脇間に連子窓を設けず板壁とすること、初重に和様には珍しく腰貫を用いる点が特色である。初重内部は須弥壇を設け、胎蔵界大日如来像(安土桃山時代)と四天王像(鎌倉時代)を安置する。大日如来像は像底の銘から天正17年(1589年)、七条大仏師康住とその子の大弐の作とわかる。本堂の東方、やや小高くなったところに建つ。

概要

長命寺(ちょうめいじ)は、滋賀県近江八幡市長命寺町にある天台宗系単立の寺院。山号は姨綺耶山(いきやさん)。本尊は千手観音、十一面観音、聖観音の三尊を千手十一面聖観世音菩薩としたもの。聖徳太子の開基と伝わる。西国三十三所第31番札所。
2015年(平成27年)4月24日、「琵琶湖とその水辺景観- 祈りと暮らしの水遺産 」の構成文化財として日本遺産に認定される。

由緒・歴史

琵琶湖畔にそびえる長命寺山(標高333m)の南西の山腹標高240m辺りに位置している。かつての巡礼者は、三十番札所の竹生島宝厳寺から麓の港(標高87m)に船で上陸し長命寺に参詣した。
伝承によれば、第12代景行天皇の時代に、武内宿禰がこの地で柳の木に「寿命長遠諸願成就」と彫り長寿を祈願した。このため宿禰は300歳の長命を保ったと伝えられる。その後、聖徳太子がこの地に赴いた際、宿禰が祈願した際に彫った文字を発見したという。これに感銘を受けてながめていると白髪の老人が現れ、その木で仏像を彫りこの地に安置するよう告げた。太子は早速、十一面観音を彫りこの地に安置した。太子は宿禰の長寿にあやかり、当寺を長命寺と名付けたと伝えられている。その名の通り、参拝すると長生きすると言い伝えられている。
実際の創建年次や創建の事情については未詳であり、確実な史料における長命寺の寺号の初見は、承保元年(1074年)3月2日付の「奥島庄司土師助正畠地寄進状」という文書である。
元暦元年(1184年)、佐々木定綱が戦死した父佐々木秀義の菩提を弔うために、三仏堂を建立したのを皮切りに、平安時代後期に仁王門、本堂、鐘楼、太子堂、護摩堂、宝塔などを建立し、伽藍が整った。鎌倉時代を通じて近江守護佐々木六角氏の崇敬を受けている。
長命寺には中世以降の文書が豊富に残されている[4]。それによると、中世の長命寺は比叡山延暦寺西塔の別院としての地位を保ち、室町時代に入っても変わらずに守護六角氏の崇敬と庇護を受けて栄えた。
しかし、永正13年(1516年)、六角高頼と伊庭貞隆の対立による兵火・伊庭氏の乱により伽藍が全焼する。現存する堂宇は室町時代から江戸時代初期にかけて再建されたものである。
当寺は近江八幡市の市街地の北方、琵琶湖岸にそびえる長命寺山の頂上近くの南側山腹にあるが、この地は1951年(昭和26年)に当時の八幡町に編入されるまでは蒲生郡島村であった。長命寺山の東側には大中之湖干拓地が広がっているが、干拓以前の島村は文字通りの島であった。長命寺山の麓の船着場は安土への水路(長命寺川)の入口にもあたり、交通の要衝でもあった。
元禄5年(1692年)の記録によると、当時は19の子院が存在したが、現在は真静院、妙覚院、穀屋寺のみが残っている。
麓にはかつての鎮守社である日吉神社がある。

行事

一月一日~三日 修正会
二月一日 開山会
八月一・二日 千日会

引用元情報

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%91%BD%E5%AF%BA

御朱印の画像

授与品写真

境内写真

Fujiアクセス情報

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所在地

滋賀県近江八幡市長命寺町157番地

エリア

近畿地方

駐車場の有無

あり

参拝時間

8:00〜17:00

アクセス

JR東海道本線(琵琶湖線)および近江鉄道八日市線(万葉あかね線)近江八幡駅から近江鉄道バスで約20分、長命寺停留所下車。808段の石段を徒歩20分。

自家用車、タクシーならば林道を使って本堂まで石段を残り100段あまりの所まで行くことができる。
なお、石段の下にも駐車スペースがある。

Fuji御朱印・御朱印帳情報

御朱印の有無

あり

御朱印・特別御朱印について

(未記入)

御朱印帳の有無

あり

御朱印帳について

(未記入)

参拝時間

8:00〜17:00

札所・巡礼情報

西国三十三所第31番
聖徳太子霊跡第35番
近江西国三十三箇所第21番
びわ湖百八霊場第72番
江州三十三観音第28番
近江七福神(毘沙門天)
神仏霊場巡拝の道第143番(滋賀第11番)

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