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関東地方

龍正院

(りゅうしょういん)

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Fuji基本情報

名称

龍正院

読み方

りゅうしょういん

通称

滑河観音

参拝時間

3月~10月 午前8時~午後5時
11月~ 2月 午前8時~午後4時

参拝にかかる時間

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参拝料金

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トイレの有無

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電話番号

0476960217

ホームページ

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SNS

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御祭神・御本尊

十一面観世音菩薩

封建時代

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創始者

(未記入)

建物

仁王門
仁王門は飛騨大隅の作といわれる八脚門で茅葺き寄棟造り、木造りの簡素にして端麗な建物で、室町時代の文亀年間(1501~1504)の再建、桃山期の建築様式として国の重要文化財に指定されている。柱は一見円柱のようで実は一六角になっており、強さと素朴さがにじみででいる。
内陣には本朝一像の仁王尊が鎮座し、古くより七難即滅し給い、特に火伏せ、身の上安全の仁王尊として世人の信仰を集めている。
毎年1月8日には、江戸時代、火災を免れた近隣の旦那衆により大注連縄の奉納がある。

本堂
本堂は銅板葺き、方五間の宏荘な建物で、元禄9年(1696)の建立、千葉県有形文化財に指定されている。
本堂の階段を上ると外陣であるが、正面入り口に扉はなく、四本の大紅梁がかけられ、天井は化粧屋根裏に続いて内側を鏡として、左右に天人を、中央に龍を飾り、ゆったりとした大空間をつくり、いつでも観音の慈悲にすがれるようになっている。
本堂正面を上がると、左右の軒下近くに二頭の木彫りの馬が奉納されている。もとは青と白の馬であったというこの馬は、左甚五郎の作ともいわれている。
その昔、この馬が夜な夜なここを抜け出し、近くの源田野に草を田部に行き、田畑を荒らすばかりか、地元の飼い馬と喧嘩したりしたため、困った里人が住職に訴えた歌。そこで住職は今の高い場所に上げて釘で打ち付けてしまった。以来、里の被害はなくなったという。

概要

龍正院(りゅうしょういん)は、千葉県成田市滑川にある天台宗の寺院。山号は滑河山。本尊は十一面観音で、坂東三十三観音第28番札所である。通称は滑河観音(なめがわかんのん)。

由緒・歴史

滑河山龍正院は、坂東三十三観音霊場の第二十八番札所にして、利根川の本流足下に洗い、西北遥かに筑波の秀峰を望む水と緑豊かな田園にかこまれた霊地である。
ご本尊は御丈一寸二分の十一面観世音で、後に定朝作の一丈二尺の観音像の胎内に納められ、通称滑河観音の名で世に知られている。
仁明天皇の承和5年(838)の草創、慈覚大師の開基と伝えられる。
 この年の5月、当地方は時ならぬ冷害にみまわれ、為に穀物は実らず人々は飢えに横たわるものが続出する有様であった。城主将治公はこの悲嘆を見聞され、金銭五穀を施し、更に観世音を念じられて法華経の読誦をなされたところ、結願の日に「朝日姫」と名乗る少女があらわれ、「汝の願いごとかなうべし」と小田川辺に案内して忽然と姿を消した。
河中を見ると、一人の老僧が船を浮かべ、衣を網になしてひいたと思うや、小さな観音像をすくいあげて将治公に与え、「この渕より湧く水をなめよ」と教え去った。
そのお告げのとおりにし、尊像を奉持し堂宇を建てお祀りすると、気候も回復し、五穀も実り人々は蘇生の思いをしたという。
爾来霊験いよいよ高く、延命開運、安産子育の観音として法灯の輝くこと一千百七十年に及んでいる。

行事

1月1日 元旦祈祷会
1月8日 初仁王・〆縄かざり
2月 節分の日節分会
3月 春分の日彼岸会
4月8日 灌佛会
8月10日 四万八千日
8月19日 施餓鬼会
11月18日 秋の大祭

引用元情報

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E6%AD%A3%E9%99%A2

御朱印の画像

授与品写真

境内写真

Fujiアクセス情報

Google Map
所在地

千葉県成田市滑川1196

エリア

関東地方

駐車場の有無

あり

参拝時間

3月~10月 午前8時~午後5時
11月~ 2月 午前8時~午後4時

アクセス

成田線(JR東日本)滑河駅下車 徒歩20分
成田線滑河駅・久住駅または京成成田駅東口から成田市コミュニティバス(水掛ルート)にて「滑河観音前」下車

Fuji御朱印・御朱印帳情報

御朱印の有無

あり

御朱印・特別御朱印について

(未記入)

御朱印帳の有無

未回答

御朱印帳について

(未記入)

参拝時間

3月~10月 午前8時~午後5時
11月~ 2月 午前8時~午後4時

札所・巡礼情報

坂東三十三観音第28番

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